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高知地方裁判所 昭和32年(ワ)466号 判決

原告 高知県金融株式会社 外一名

被告 島崎五郎 外三名

主文

原告戸梶義正の配当無効確認の訴を却下する。

原告高知県金融株式会社の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告両名の連帯負担とする。

事実

原告両名訴訟代理人及び原告両名は、「高知地方裁判所昭和三十二年(リ)第一〇号配当事件につき、同裁判所が昭和三十二年十一月五日実施した配当は、無効であることを確認する。被告島崎五郎は、原告高知県金融株式会社に対し、金二万二千八百四十八円を、被告太陽物産株式会社は、同原告に対し、金十万三千七百四十三円を、被告戸梶二三は、同原告に対し、金六千七十八円を、被告石村気馬太は、同原告に対し、金三万四百三円を、夫々右各金員にす対る本訴状送達の日の翌日から完済迄の年五分の割合による金員を附加して支払え。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決及び第二項につき仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

(一)  原告高知県金融株式会社(以下原告会社という)は、相原告戸梶義正に対し、元金二百五十七万九千八百円及びこれに対する昭和三十二年一月十六日以降完済迄の日歩八銭二厘の割合による損害金債権を有し、その債務名義として、公正証書の執行力ある正本を有するところ、昭和三十二年七月一日右債務名義に基き、高知地方裁判所に対し、相原告戸梶義正の訴外株式会社三和銀行に対する預金債権百万円につき、債権差押及び取立命令を申請し、同日右命令を得た。(同裁判所昭和三十二年(ル)第二五七号)

(二)  被告等は、原告戸梶義正に対する債権を以て、右事件につき配当を要求したので、同裁判所昭和三十二年(リ)第一〇号配当事件として繋属することになり、同裁判所は、原告会社に対し、同年十月十六日付で、七日の期間内に、元金利息費用その他附帯債権の計算書を差出すべき旨の催告決定謄本及び昭和三十二年十一月五日午前十時の配当期日に出頭すべき旨の呼出状を発した。

(三)  原告会社は、右決定に従い、同年十一月四日差押債権者たる資格において、同裁判所に、元金二百五十七万九千八百円及びこれに対する昭和三十二年一月十六日より同年十一月四日迄二百九十二日間の日歩八銭二厘の割合による損害金四十五万七百五十二円、費用(日当・書記料)二百六十円、合計金三百三万八百十二円とする計算書を提出し、又、他の配当要求債権者たる被告等も夫々各自の債権の計算書を提出した。

(四)  同裁判所は、被告等の債権については、各被告提出にかゝる計算書掲記の債権をそのまゝ採用しておきながら、原告会社の債権については、前記計算書掲記の債権の中、費用金二百六十円と元金の中金百万円のみを採用して別紙(一)の如き配当表を作成し、昭和三十二年十一月五日午前十時の配当期日において、これを関係人に開示した。原告会社代表者は、社用のため、右期日に遅刻したゝめ、右の事実につき異議を述べる機会を失つた。然し出頭していた原告戸梶義正(債務者)は、配当表に掲げられた原告会社の債権の額が過少なのに気付き、原告会社提出の計算書に基いて配当されたい旨異議を述べたところ、同裁判所係書記官は、「原告会社は、内金百万円について、債権差押をしており、その余の債権額については、配当要求をしていないので、計算書掲記の全債権に基いて配当することはできない。」と右異議を斥け、そのまゝ配当を実施した。

(五)  ところで、右配当は、次の理由で無効である。

即ち、

(1)  債権差押債権者は、その執行申立の効力として配当に与るものであるから配当要求をする必要がないものである。このことは前記計算書提出催告の決定に「元金、利息、費用その他附帯債権の計算書を差出すこと。」と記載されていることからも明かである。即ち、その文言中「元金」とは、本件について言えば差押債権百万円の基本元金である二百五十七万九千八百円を指すものである。なぜならば、差押債権額のみを指すとすれば何も改めて届出させる必要がないからである。仮に右「元金」が差押債権百万円を指すものとしても、「附帯債権」の中には、右百万円とその基本元金との差額即ち金百五十七万九千八百円を含むことは明らかである。そうするといずれにしても、右決定によつて、原告会社は、原告会社の原告戸梶義正に対する債権中差押債権額を越える分についても計算書の提出を命じられていることになり、これは、とりもなおさず、右の部分について、改めて配当要求をしなくても、計算書の提出によつて、配当に与れることを意味するものと考える。それで、同裁判所は、配当表作成に当つて、債権差押債権者たる原告会社の債権額は、その提出にかゝる前記計算書掲記のそれを採用しなければならなかつたのに、前記のように、内金百万円を越える部分について配当を受けるためには、改めて配当要求をする必要があるとして、前記計算書を無視して配当を実施した。

(2)  仮に、差押債権額を越えて配当に与ろうとするときは、単に計算書の提出を以てしては足らず、配当要求をする必要があるとしても、それは、新に別種の債権について配当を受けようとする場合に限り、本件のように、同一債権について、単にその数額を延長する場合を含まないものと解する。

仮に然らずとするも、前記計算書の提出は、配当要求の効力を有するものである。なんとなれば、配当の要求とは、債権者がその債権が零になるまで、支払を求めようとする意思表示であるから、その意思表示の趣旨が債権の支払を求めるものならば、当然配当の要求となり、敢て、配当の要求という文字、文句を必要としない。原告会社提出の前記計算書には、「元金二百五十七万九千八百円とこれに対する利息四十五万七百五十二円の請求債権計算関係を陳述する。」との記載がされているので、これらの債権の支払を求める趣意であることは明白である。尚、原告会社は、当初債権全額について、本件差押取立命令の申請をしたところ、係書記官から、請求債権の額を差押えるべき債権の額と一致させるように注意されたゝめ、これを内金百万円に減縮したのである。かゝる事情及び、債権差押取立命令申請書、公正証書正本計算書等の証憑書類を総合して考えれば、原告会社が全債権について支払を求めている趣意であることは一層明白であらう。

それで、いずれにしても前記計算書掲記の債権額を基にして配当すべきであつたのに同裁判所がこれを無視したこと前述のとおりである。

(3)  民事訴訟法第六百九十八条の類推及び民法第一条の法理からすれば、配当期日において、債務者も異議を主張して以て、公正妥当の配分を求めることができると解すべきところ、同裁判所は、債務者たる原告戸梶義正が、前記のとおり異議を申し立てたにかゝわらず、これを採用しなかつた。

(六)  してみれば、配当の基準となるべき原告会社の債権は、合計金三百三万八百十二円となるべきであり従つて、原告会社及び被告等の受くべき正しい配当額は、別紙(二)記載のとおりである。然るに、被告等は、既に別紙(一)の配当表どおり各々配当金を受領しているので、結局別紙(二)記載の各配当額との差額即ち、被告島崎五郎は、金二万二千八百四十八円被告太陽物産株式会社は、金十万三千七百四十三円被告戸梶二三は、金六千七十八円被告石村気馬太は、金三万四百三円を夫々法律上の原因なく不当に利得し、その反面原告会社は、同様その差額に相当する損失を受けた。

よつて、前記配当の無効確認と、被告等に対し、右不当利得の返還を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、

被告等(戸梶を除く)の主張に対し、

被告等は、「原告会社は、期日に出頭せず、因つて配当表の実施に同意したものとみなされ、その配当表は、確定判決と同一の効力を有する。」と主張するけれども、そのような論議は、その配当表が有効適正適法に作成せられた場合において初めて言い得べきものであつて、本件の如く計算書を以てする配当の要求を配当の要求にあらずと曲解し、これを不法に削除したる場合に適用さるべきものではない。

と述べ

立証として、甲第一号証ないし第三号証、甲第四号証の一、二、及び甲第五号証の一、二を提出した。

被告両名訴訟代理人及び被告石村気馬太は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は、原告等の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、原告両名主張の請求原因事実中、(一)及び(二)の事実は認める。同(三)の事実中原告会社が、その主張の如き計算書を提出したことは知らない、その余の事実は認める。同(四)の事実中別紙(一)の如き配当表が関係人に示され、これに基いて配当が実施されたこと及び原告会社代表者が配当期日に出頭しなかつたことは認める、その余の事実は知らない。同(五)及び(六)は争う。即ち、

(一)  原告会社は、差押債権者であるが、その差押債権額は百万円であるから、その主張の三百三万八百十二円について配当を受けるには、すべからく右百万円と執行費用以外の分について配当要求をなすべきである。けだし、裁判所は、当事者の適法に申出たる債権額(差押債権並びに配当要求債権)についてのみ配当すればよく、申立ざる債権額について配当することは手続上許されない。しかも、原告会社の提出した計算書があるからといつて、これは、配当要求の効力はないので、これで配当に与ることはできない。又、原告会社提出の証憑書類があるからといつて、配当要求をなしたとの手続書類とはならない。

(二)  配当表に異議のあるときは、配当異議の訴を以て争う外ないのであるが、原告会社代表者は、配当期日に出頭しなかつた(この点は自白している。)のであるから、民事訴訟法第六百三十二条第一項、第六百三十条第一項により配当表の実施に同意したものとみなされ、裁判所は配当表に従つて配当を実施せざるを得ない。従つて、もはや原告会社は、配当異議の訴を起す余地もなく、本件配当表が当然無効とは到底解せられないので、債権者が異議を申立ないで適法に実施された本件配当表は、終局的判決の性質を帯び裁判所及び各債権者を覊束する確定判決と同一の効力を有するので、もはや、訴を以て争う余地がない。

(三)  原告等は、債務者たる原告戸梶義正が配当表に異議を述べたように主張するけれども、仮にその事実があつたとしても、不動産の強制競売に関する民事訴訟法第六百九十八条第一項と異り同法第六百三十一条の異議申立権者は、配当表に記載された債権者のみであつて、債務者は異議を申立ることはできない。従つて、原告戸梶義正の異議を無視したとしても適法な配当手続である。

以上いずれにしても原告等の本訴請求は主張自体理由がない。

と述べ、

甲号各証の成立を認めた。

被告戸梶二三は、本件口頭弁論期日に出頭しなかつたが、答弁書によると、答弁の趣旨は、「原告両名主張の請求原因事実は、すべて認める。」というにあるものと解せられるから、これを陳述したものとみなす。

理由

原告両名主張の請求原因(一)、(二)の事実は、当事者間に争がない。

そこでまず、原告戸梶義正の配当無効確認請求について、考えるに、確認の訴は、確認を求めんとする事項の存否について、原告がいわゆる即時確定の現実の法律上の利益を有する場合に限り許されるものと解すべきところ、民事訴訟法第六百二十六条以下に定める配当手続は、執行吏、又は第三者が供託した金銭が配当に与る各債権者を満足せしめるに足りない場合において、債権者間に協議が調わないとき、これを各債権者に平等に弁済することを目的とする裁判上の手続であつて、もともと債務者には直接関係のないものである。従つて単に各債権者間の配当額が異るべきであるとして、配当手続の無効を主張することは、これにより、債務者たる同原告の法律上の地位にはなんらの影響をも及ぼさないところである。

それで、同原告の配当無効確認の訴は、確認の利益を欠くものとしてこれを却下すべきものである。次に、原告会社の請求について、判断する。

原告会社は、不当利得返還請求の前提として、本件配当の無効確認を求めているものと解せられ、且つ、被告等(被告戸梶を除く)はこれを争つているので、まづ、配当が無効であるかどうかを考えることゝする。

債権に対する強制執行における配当手続について法が、被差押債権の分配問題を配当手続自体において、終局的に整理しようとする趣旨であることは、民事訴訟法第六百三十一条の規定により、各債権者に配当表に関する実体上の異議権を与え、配当表に記載された他の債権者の債権額や優先権を争い得ることゝすると共に、配当期日に出頭しない債権者は、配当表の実施に同意したものとみなし、(同法第六百三十二条)且つ、異議を申し立てなかつた債権者には、配当実施後配当表に従つて配当を受けた債権者に対して、優先権を主張する途をとざしていること(同法第六百三十四条)からも明らかであるし、又、手続上の瑕疵、即ち、適法に提出した計算書を無視して配当表が作成された如き場合のみならず、自己の債権が配当表に加えられていないような場合においても、執行方法に関する異議、即時抗告等の不服申立方法が認められており、債権者に対し、これらの不服を申し立てる機会が与えられていることも民事訴訟法の規定に明らかなところであつて、前段と同様の趣旨において、これらの瑕疵も亦執行手続内において、不服を申し立て、これが是正を得ない限り手続終了後は、これを理由にして配当の結果を争い得ないものと解さねばならない。

即ち、配当手続における実体上手続上の瑕疵を総て配当手続終了後迄これを争い得るとすることは、徒らに法律関係を紛糾せしめるとゝもに、当事者の地位を不安定ならしめることが明らかで制度の目的にも背馳するところであり、いわんやこれらの瑕疵をとらえて爾後に配当手続の無効を主張することは、もとより法の許さないところといわねばならない。

本件について見るに、原告会社は、配当手続に主張の如き瑕疵ありとして配当の無効を主張するのであるが、これら原告会社主張の瑕疵は、前説明のとおりいずれも執行手続内において手続上の不服申立により判断を受くべき事項に属するところ、原告会社は、これに対し不服申立をせず、かえつて配当期日に欠席したことは当事者間に争がなく、従つて、民事訴訟法の規定により、原告会社は、配当表の実施に同意したものとみなされ、適法に配当が実施されたことは、明らかである。従つて、爾後これらの点をとらえて瑕疵を主張し配当の是正を求め得ないことも前説明に照らし明らかなところである。即ち、以上のような瑕疵が存しても適法な不服申立がなされず配当期日に欠席したため配当表の実施に同意したものとみなされ配当が実施された以上、かゝる配当表は裁判所をも各債権者をも絶対に覊束し得る確定判決と同一の効果を有するものと解すべきである。

以上の次第であるから、本件の如き場合に原告会社主張の如く配当要求の要否その他個々の点について判断するまでもなく本件配当は有効であり、この点に関する原告会社の主張は理由がない。

なお、原告会社は、原告戸梶義正が配当期日において、異議を申し立てたと主張するけれども、仮に、その事実があつたとしても債務者である原告戸梶義正に異議申立権のないことは、法文上明らかである。原告会社は、債務者にも異議申立権があると主張し、その根拠の一つとして、民事訴訟法第六百九十八条第一項の類推適用をいうが、該規定は、不動産執行の配当の複雑性に鑑み、債務者の利益を保護するため特則として定められた例外規定と解せられるから、本件の場合に同条の規定を類推適用することはできない。

そうするとその余の判断をするまでもなく、配当の無効を前提とする原告会社の不当利得返還請求は理由がない。

なお、被告戸梶二三は、原告会社主張の請求原因全部即ち、配当が無効である旨の主張をも自白しているけれども、裁判所は、かようないわゆる権利自白には拘束されるものではない。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 合田得太郎 宮本勝美 篠清)

別紙(一)、別紙(二)〈省略〉

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